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目標は織田信長! 愛知県・ミライノ(2026/02/08)
少数精鋭の提案型ビジネスモデルで成長
愛知県清須市の運送会社、ミライノ㈱(橋本憲佳社長、愛知県清須市)は、橋本社長の祖父が昭和32年に名古屋市で、「三和梱包運輸株式会社」として創業し、父(現在の相談役)と2代に渡り営んできた。3代目となる現社長の橋本社長は、26歳まで東京の製薬会社で営業職として働いていた。幼少の頃より跡継ぎとして期待され、2006年に27歳で同社に入社し、トラックドライバー業務に従事するようになった。
当時の三和梱包運輸は業績が厳しく、年商は1・3億円で赤字だった。その2年後に、100年に一度の経済恐慌と言われるリーマンショックが訪れ、同社は経営危機に陥った。
仕事は激減し、年収は東京でのサラリーマン時代の半分になっていた。
トラックに乗っている場合じゃなくなった橋本社長は、トラックから降りて営業に携わるようになった。24時間365日、趣味もプライベートもなげうって休み無しで働き、橋本社長は当時を「会社が苦しかったので、やらざるを得なかった」と振り返る。
当時、20歳代は自分しかおらず、30歳代も不在。昭和45年に建てられた清須の倉庫が本社だったが、トイレは汲み取り式便所。臭くて汚くて従業員も嫌がり、お客さんにも貸せなかった。平成の時代にこんな設備しか無くて悔しかったという。
その清須倉庫も自社物件だと思っていたら、まさかの賃貸だった。とっくに買える値段なのになぜ買わないのかと、2代目の父親に意見した。業績が悪い状況下で、経営に関しての考えがことごとくぶつかり、いさかいが絶えなかった。
しかし、ある程度業務を任されていた橋本社長は設備を刷新し、若手のドライバーを呼び込むために業務面で改革を断行。そんな中でも、売上の80%を占めていた仕事にメスを入れた。利益率が余りにも低かったため、取り引きの縮小を図り、一社依存のリスクを回避していった。
下請企業からの脱却を図り、利益率は改善していった。
また、「運送事業の目的って一体何だろう?」という疑問を持ち始め、異業種の経営者の会などに積極的に参加し経営の勉強を始めるようになり、単に輸送だけに終わらない仕事の関わり方を模索。
某テーマパークの建設時にも関わったが、このとき輸送だけでなく、打ち合わせの段階からチームとして参画した。顧客が「何を求めているか」、また、顧客自身も気づいていない潜在的な課題やニーズを深く理解していった。
輸送を取り巻く全体の環境から最適な「解決策」や「価値」を創り出して提供する、提案型のビジネスモデルというものを確立。仕事を取り込んでいき、業績を向上させていった。
橋本社長は、2009年に役員に就任。2016年に新本社物流センターを竣工させ、2021年に運送会社のM&Aも行った。
2022年4月より創業65年の節目に代表取締役社長に就任し、「三和梱包運輸株式会社」を「ミライノ株式会社」に社名変更をした。社名は未来(MIRAI)と革新(Innovation)の造語だ。
現在の年商はグループ全体で15・5億円、ミライノ単体では13・5億円。
橋本社長は今後について、「現在2社で15億円だが、3社で20億円くらいの規模にしたい。20億円と言えば従業員数200人、トラック200台というケースが多いが、従業員数60人、40~50台のトラックでそれを達成したい。目標は清須市(旧清洲町)に城を構え全国統一を仕掛けた織田信長。信長軍は少数精鋭で頭脳派の戦略家。運送会社のダンピングに巻き込まれないように、独自路線を歩む」と話していた。(2月2日号)
【写真】清須市をデザインしたミライノのトラック